同窓会web会報

小坂井高校同窓会報

第21号
2019.10

同窓会会長あいさつ・校長あいさつ

会長 木村元彦

会報第21号に寄せて
 元号も令和に変わり、巷では『令和、初の○○』といった表現をよく目にするようになりました。 母校では『小坂井高校、創立初』となる女性の校長先生が就任され、新たな”風”が吹き始めています。 後輩たちの活躍の様子については、母校のホームページに紹介されていますので是非一度ご覧いただきたいと思います。
 さて、この”令和初”となる会報も多くの方々に支えられ第21号発行の運びとなりました。 ”令和初”と言ってもあまり代わり映えのしない紙面ではありますが、今後ともご支援とご協力をよろしくお願いします。 また、原稿をお寄せ頂いた方々に紙面をお借りして深く感謝申し上げます。
毎年8月の恒例行事となっています総会・懇親会は、担当理事(24回生)のご提案もあり、ホテルアークリッシュ豊橋にて開催いたしました。 ご多忙中のところ母校の校長先生はじめ各先生方並びに恩師の先生方のご出席を賜り、高校時代の”懐かしい風”が優しく流れる中、盛況の内に終えることができました。 これも、前年12月の第1回理事会から当日の二次会に至るまで準備にかかわってくださった担当理事の方々のご尽力の賜と深くお礼申し上げます。 大変ありがとうございました。 次年度(令和2年度)は25回生を中心に実施を計画しておりますので、ご協力よろしくお願いいたします。 この総会に向けての理事会の主たる活動内容は、『総会案内状(往復はがき)の発送準備』即ち『現住所のチェック』です。 現在学校に残っている卒業生の住所は『卒業時のもの』で、卒業後17年経過しておりとても”現”住所と呼べるものではありません。 それを”現住所”と呼べる最新のデータにしていただくために当番理事の方やそのお友達にお願いし、ご尽力いただいています。 近年、SNSの普及により友人との連絡が取りやすくなったとは言え、同窓生の住所確認には多大な労力と時間を必要とします。 そのような理事の方々の努力に報いるためにも、総会・懇親会の案内状(往復はがき)が届きましたら、たとえ『欠席』であっても面倒がらず返信はがきを投函していただきますようお願いいたします。 もちろん一人でも多く方が参加して頂ければ、この上ない喜びであります。 総会・懇親会を通じ、本会の目的である『会員相互の親睦を深める』ことに繋がるものと確信しています。 毎年の総会の様子の写真が本ホームページにアップされていますので、一度ご覧いただけたら幸いです。 お子様連れでの参加も大歓迎ですので奮ってご参加ください。(もちろんお子様の会費は頂きません。)
 総会のみならず、この会報を含め同窓会活動全般についてのご意見・ご要望を広く募集しています。 HP自身を会員皆さんのアイデアでより一層充実したものに育てていってください。
最後に、母校のますますの発展と会員皆さんのますますのご活躍・ご健勝をお祈りすると共に重ねて本会へのご協力をお願いし、挨拶とさせていただきます。

会長  木村 元彦

校長 高畑尚弘

 高畑尚弘前校長の後任としてこの4月に着任いたしました近藤美和です。 同窓会会員の皆様には、日頃より本校の教育活動に御支援・御協力をいただきまして、誠にありがとうございます。
 創立44年を迎える活気と活力に満ちた本校に勤務できることは誠に光栄であります。
 着任した4月当初に、豊川市長様から本校の卒業生は豊川市を支える地域のリーダーとして多く御活躍されていると伺いました。 こうした先輩方の輝いている姿を後輩である在校生が知る機会となり、勤労観・職業観を図るため、学校行事において1年生を対象とした「なるには講座」を実施し、卒業生をはじめとした社会人から直接話をしていただく機会を設けたり、2年次には、企業等に出向き職業体験をするインターンシップ等を行ったりしております。
 また、本校生徒の保護者には、同窓生が多くおみえです。 御自身の高校時代を振り返りつつ、愛校心をもってPTA活動に協力いただき、本校を支えてくださっています。 こうした力強い応援団に感謝しております。
 昭和から平成、そして令和へと時代が変わっても、いつの時代も小坂井高校生は、一人一人が思いやる心をもった心温かい生徒であり、困難なことにも粘り強く果敢に挑戦する姿勢があります。 また、地域の皆様からの温かい御支援もいただき、一日一日を大切に伸び伸びと成長しております。
 ぜひ、同窓会会員の皆様には、高校時代を懐かしみながら、母校を叱咤激励するため、積極的に同窓会活動に御参加いただきたいと存じます。
 もとより微力ではございますが、小坂井高校の充実と発展のために尽力いたします。 今後も変わらぬ御支援と御協力をお願いいたします。

校長  近藤 美和

恩師からの一言

近藤至彦先生


私と小坂井高校

 私は大学を卒業後も30歳くらいまで、趣味で剣道にかかわることが多くありました。 そして小坂井高校の名前を初めて意識したのがこの間で、1983年でした。
 全日本女子大学剣道選手権(団体戦)が名古屋で開かれ、私も後輩たちが出場するということで応援に行きました。 その時、私の母校がベスト8でC大学に惜敗したという思い出があります。(このときC大学は優勝しています) そのC大学の女子5人のメンバーの中に、小坂井高校出身のSとIという2人の選手が入っていることに気づきました。(大学のインカレでは名前の後にカッコ書きで高校名が書かれる) 特に、Sという選手は高校時代インターハイで個人2位になったこともある全国でも有名な選手であることを知り、東三河地区に剣道のすごい高校ができたなあ、という認識を持った記憶があります。 さらにS選手は、1985年に行われたインカレの個人戦決勝で、私の後輩のH選手と戦った選手であることにも驚きました。(H選手は私が大学卒業後も何度も大学に行き、監督の指示のもと何度も稽古し、鍛えに鍛えた選手だったからです)
 時を経て1990年頃、S選手は東三河のF高校で体育の教員をやりながら稽古を積み、愛知県代表として一般の全日本女子剣道選手権大会(個人)にも出場し、上位の成績を出していました。 そして、私のE監督がC大学出身ということもあり、私の母校にも稽古に現れました。 稽古の後、兼六園(金沢市)のそばを歩きながら「コテはどうやって打っているんですか」と私が訪ねると、左手をぐっと胸のあたりまで引き上げながら「こうです」と言った彼女のしぐさを見た瞬間に、天性の剣道センスと勝負感を感じ(彼女は小柄で左利きであった)、また「小坂井高校では当時、冬にマラソン大会があって、全校で1番になりました」と言った時に、抜群の身体能力とフットワークがあることにも、納得がいきました。 そして「剣道は父が経験者で、幼い頃から畳が擦り切れるほどのすり足の練習と、アパートの庭に設置された打ち込み台に何百本と打ち込みました」と聞いた瞬間に、天性のセンスの上に剣道に関して相当の努力をしてきたことも、一瞬にして察知することができました。 そして最後に「私はインターハイで2位、インカレでも2位で優勝できなかった」とつぶやき、私は複雑な思いでした。(ただ彼女は剣道においてE監督を慕っていました)
 私は教員生活の最後6年間だけですが小坂井高校で過ごし、教鞭をとり(数学)、小坂井高校の武道場で生徒の皆さんと稽古することにより、彼女のルーツに触れたような気がします。 そして自分自身の剣道も、年齢なりに前進させることができたような気分になっています。
 小坂井高校にこのようなOGがいることは誇りであると思います。(おそらく100年たっても同等の戦績を出せる選手が現れるかどうか)同窓生の皆様のますますのご活躍とご健勝を祈りつつ、今後とも小坂井高校をよろしくお願いします。

大須賀泰先生(数学)